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遠くて近かった甲子園の「土」

満薗文博のPenぺん草紙 満薗文博

この記事は弊誌月刊ゴルフ用品界(GEW)2020年7月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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「めでたさも中くらいなり、おらが〝夏〟」である。小林一茶の名句を勝手にいじり、使わせていただくのは心が痛い。勝手に「おらが春」を「おらが夏」に変えさせていただいたが、心の痛みは少し和らいだ。

日本高野連は6月10日、(私にとっては)突拍子に〝センバツ〟高校野球の開催(8月10日~17日)を発表した。

センバツは「春の甲子園」として、日本の風物詩であり続けている。それを、形、名称は違うとは言え、真夏に行うという発想は、私にはなかった。この原稿を書いている時点で、名称は「2020年甲子園高校野球交流試合(仮称)」である。代表32校は、1月24日に選抜・発表されたもので、変更はない。ただ、大きく違うのは、各校が1試合ずつを行い、それで終わり。勝ち上がりの、いわゆる「やぐら」スタイルではなく、最後に決勝戦を行うというものではない。そこに、優勝チームは生まれない。

それでも、そこに、大人たちの優しさを見る。子どもたちの夢を思いやる大人たちが敢然と立ち上がったことに、私は拍手を送る。10日、この大会の挙行を発表した日本高野連・八田英二会長の言葉がある。名言である。ここにとどめておきたい。

「きょうから気持ちを新たにして、部活動に取り組み、万全の態勢で甲子園球場に来てください。悔いのないように臨んでください。試合終了の声とともに、皆さんがこれまで記されてきた部活動日誌に力強くピリオドを打ってください。そして、気持ちを新たに、純白のページに、次なる挑戦と題した文書を刻み始めていただきたい」

学校関係者、家族、ベンチ入りできなかった球児など、限られた人しか観戦できない。ほぼ、無観客試合に近い。制約は多く、見慣れた甲子園の景色が一変するのは間違いがない。それでも、広大な甲子園球場に高校球児の球音は響く。僕は、何を差し置いても、この夏、遅れてやってくる「春の甲子園大会」を見に行くつもりだ。

## 優しい猛虎がかき集める甲子園の「土」や「砂」

「土」だと、わずか3画。百歩譲って「砂」にしたら9画。それでも10画には届かない。土だ、砂だと、酒場で意味もない小さな論争を繰り広げながら、思えば半世紀近くが流れた。阪神甲子園球場は、ご存じ、阪神タイガースの本拠地だが、高校球児になると、これが「聖地」に換わる。

私事だが、若い頃の10年、中抜けして、新聞社の編集委員~引退後の10年ほど、春夏の甲子園行脚を続けてきた。それも、開会式から閉会式まで、びっしり見る。それが、今年は、期せずして、憎い新型コロナの蔓延で、高校球児たちは一時、春を失い、夏までも奪われ、そして、いま「夏に春」を迎える。私は、高校野球だけを贔屓にする者ではない。多くの高校運動部が、文化部が活躍の場を奪われた。若い人たちの悲しい顔を見るのが辛い。特に3年生を、わずかでもいい。今回の英断同様、日の当たる場所に立たせてほしい。

前兆だったのか。夏に「春の甲子園」が伝えられた少し前の8日、心が和むようなニュースがテレビで流れた。「阪神球団と阪神甲子園球場から、全国の硬式野球部、軟式野球部の3年生に、甲子園の土が贈られます」

甲子園で、敗れたチームの選手たちが、自軍のベンチ前で土をかき集め、それぞれの郷里に持ち帰る儀式はすっかりおなじみである。敗れたチームのロッカールームで、僕は何年も同じ質問を繰り返してきた。「この土はどうするの?」。彼らは、それぞれの思いを口にした。「僕は自分のために宝物にします」「家族に、ここまでありがとうと、渡します」「ベンチには入れなかった仲間に」「応援してくれた友達に」と、彼らはしゃくり上げながら口にする。彼らは、それぞれのドラマに彩られながら甲子園にやってきて、プレーした。その証を、甲子園の土に見ていた。

「土」でも「砂」でもいい。実際、これまで取材した中で、ある少年は「土」と言い、また、ある少年は「砂」と言った。どちらも正しいと思う。

「甲子園の土を球児に」の思いは阪神タイガースの矢野燿大(あきひろ)監督、選手らの発案が引き金になった。春も夏も、開催が叶わなかった大会を目指して、少年たちは精進を続けてきた。自分たちの「甲子園への道」を踏みにじったのは、彼ら自身ではない。目には見えないほど微細な新型コロナである。しかし、目標に立ち向かった球児たちの、日々の努力は尊い。高校野球OBの虎戦士たちは、猛虎から、優しい虎に姿を変えて、弟分たちに努力の証をもたらそうとしたのだった。実は、矢野監督、高校時代に甲子園大会への出場歴はない。

その矢野監督、選手、球団職員、甲子園球場職員、関連企業の社員らが甲子園球場に散らばり、全国およそ4000人の球児に届ける土を、文字通り「かき集め」キーホルダーに収めるのだという。心づくしのプレゼントは、全国の各学校に8月末から届き始める。

私は何年も、甲子園で「土」を踏んで来た。決勝戦の直後、取材のために、熱戦のぬくもりの残る内野グラウンドの一部に立ち入ることが許される。昨年も何の違和感もなく、私は「土」を踏んだ。熱さの残る甲子園の「土」は、どこかが違う。そのどこかが違う「土」を目指した球児に、今年はイレギュラーながら球児たちが帰ってくる。

このコラム「めでたさも中くらいなり」と書き出したが、書き続けるうちに「中くらい」ではないことに気がついた。「0」より「1」は、はるかに尊い。イレギュラーでも、甲子園の季節の存在は大きい。日本の風物詩の存続を意味するからだ。

「土」なら、たった3画。「砂」と書いてもわずかに9画。普段なら、何の変哲もない漢字がいとおしい。「コロナに負けるな!」そんな思いがこもった、特別な夏である。


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ライター紹介 ライター一覧

満薗文博

満薗文博

1950年2月6日、鹿児島県いちき串木野市生まれ。鹿児島大学卒業。中日新聞東京本社(東京中日スポーツ)では88年ソウル、92年アルベールビル、同年バルセロナ、96年アトランタなどオリンピックを現地取材したほか、各種大会を取材。報道部長、編集委員を経て、現在スポーツジャーナリスト。大学講師。

著書に「オリンピック・トリビア」(新潮社)、「オリンピック面白雑学」(心交社)、「オリンピック雑学150連発」(文芸春秋社)、「小出義雄夢に駈ける」(小学館)、「ゴールへ駆けたガキ大将」(東京新聞)、「羽生結弦あくなき挑戦の軌跡」(汐文社)など。執筆協力作品に「見つける 育てる 生かす」(中村清著、二見書房)、「小出義雄監督の人育て術」(同)など。

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