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暗闇に差し込んだ一筋の光 新都民ゴルフ奇跡の復活劇

小川朗の現場を照らす 小川朗
暗闇に差し込んだ一筋の光 新都民ゴルフ奇跡の復活劇

久々に聞く朗報だった。ゴルフトーナメントの中止がドミノ倒しのように発表され、ゴルフ練習場が次々に閉鎖。新型コロナウイルスの感染拡大により自粛の嵐が吹き荒れた2020年の3月は、日本のゴルフ界がどん底へと突き落とされた時期でもあった。

そんなさなかに、差し込んだ一筋の光。昨年の暮れ、一度は廃業が発表されていた新東京都民ゴルフ場が復活するというビッグニュースだ。その舞台裏を、照らす。

白馬の騎士は巨大コングロマリット

暗い話題ばかりが続いていた3月。そこに明るいニュースが飛び込んできた。「新東京都民ゴルフ場、復活」の知らせだった。

一度は廃業が決まった新東京都民ゴルフ場に、再び息を吹き込んだのは医療法人社団・葵会グループ。病院を中核に介護施設・学校法人・ホテルなど、全国に130以上の関連事業所を展開。グループ内の医療機関・施設では1万人を超える職員が勤務している。

その傘下にはすでにゴルフ場も3か所ある。系列会社の㈱みずほが那須霞ヶ城ゴルフクラブ(栃木)、一関カントリークラブ(岩手)、千歳カントリ―クラブ(北海道)を保有している。新東京都民は同グループ4つ目のゴルフ場となるわけだ。

今回同グループから運営会社である㈱NIHON.TURF&GREEN(以下NIHON)の新社長として就任した河本貢司氏は「まずは8月のオープンを目指します」と宣言した上で、コンセプトをこう明かした。

「誰もが遠慮なく出来るゴルフ場にしたいですが、ある程度は高級感も感じられるように仕上げたいですね」。

昭和以降3番目の高水位

暗闇に差し込んだ一筋の光 新都民ゴルフ奇跡の復活劇

昨年の10月12日まで、さかのぼってみたい。この日、大型の雨台風19号のもたらした豪雨は、荒川へ流れ込んだ。

その結果7m17cmという昭和以降では3番目の水位を記録。上流から想像をはるかに超える大量のヘドロが運ばれてきた。

土手よりも内側の川沿いに、ゴルフ場を守るために低い堤防を造っていたのも、今回ばかりは仇になった。平成2年に冠水して以来9年間、ある程度の増水には耐えてきたが、今回の大型台風には、歯が立たない。濁流はその堤防を軽く超えた。

耐えうる水位ならば効果は絶大なミニ堤防。しかしひとたび水が超えてしまうと、却って排水が難しくなる。新東京都民は地盤沈下によりコースが川よりも低くなっていて、ただでさえ排水がしづらい構造になっていた。

コースに造られていた、小さな水門もほとんど機能しない状況になった。多くの河川敷ゴルフ場は数日で水が引いたが、新東京都民の苦戦は際立った。

9ホールのゴルフ場ながら、年間2万2千人程度の入場者はあったという。「ただ、経営的には楽じゃない。今回のように長期間クローズした場合、収入がなくなる」と、前出の関係者は当時語っていた。

ゴルフ場は東京都足立区、北区、埼玉県の3つの自治体にまたがっている。条例により、これまで東京都と埼玉県に「占有料」も支払ってきた。コースに関する窓口となっている足立区都市建設部に取材したところ、年間で東京都に約947万円(休業中の減免措置あり)、埼玉には約272万円となっていた。

また台風の進路が、関東寄りになっている面もある。せっかく復旧にこぎつけても、短期間で次の台風でやられるようでは、たまったものではない。

冠水から早期に復旧するためには12万7000平米のエリアに盛り土をする必要がある。そのためには莫大な費用と時間を要するため現実的ではない。盛り土をせずに「これからも続けていくにはリスクが多すぎる」との理由も、事業継続が断念された理由の一つだ。

河川敷の持ち主は国。国土交通省が監督官庁だ。廃業となると新東京都民ゴルフ場が現状回復をしたうえで土地を国に返還。施設管理等の諸々の権利は足立区へと返上される流れになっていた。

一般紙やゴルフ専門誌、ウェブサイトなどが廃業を報じ、既成事実化されていく。通常であればこれを受け、ゴルフ場は完全消滅する一歩手前まで来ていた。

歴史の重みと地の利

一方でこのコースが、河川敷ゴルフ場史を語るうえで欠かせない存在であり、東京23区内にある地の利から首都圏のゴルファーの根強い支持を集めていたことで、廃業を惜しむ声も日増しに高まっていた。

かつて林由郎が契約プロとして在籍し、青木功や金井清一もこのコースで修業した。設計は日本のゴルフ場の父とも呼ばれるチャールズ・ヒュー・アリソンの流れを汲む上田治。日本のゴルフ場史でも重要な役割を果たす安達貞市翁が、一時は36ホールまで拡大した。

このコースが何度も冠水。昭和32年の台風で大打撃を被り、長期間クローズしたことが、安達翁が名門茨城GCを手掛けるキッカケにもなる。

歴史の重みと、都心に近い地の利に魅力を感じる業界関係者も少なくなく、存続を模索する数社が候補として浮かんでは消えた。そんな中、2月4日に行われた「まちづくり連絡会」で足立区側がゴルフ場として存続の方向性を示す。住民側から反対の声は出なかった。

この時点までゴルフ場の返還手続きをせず、存続の可能性をわずかながら残し続けていたことが、結果的には正解だった。その後盛り土をせずにコースを修復し、早期の再開を目指す方針を打ち出したのが前述の葵会グループ。同ゴルフ場を運営してきた株式会社NIHON.TURF&GREEN(以下、NIHON社)と資本提携したことで、存続の道が一気に開けた。

この結果、新規の候補者を募るプロポーザルも行われず、新東京都民ゴルフ場は、廃業のピンチを脱出した。

前出の河本社長はゴルフ場の存続に乗り出した理由について「だって(都心に)近いじゃないですか」と首都高鹿浜出口から2キロ、JR王子駅からタクシーで15分、都バスの新田一丁目バス停から徒歩3分という好立地を挙げている。

新東京都民の復活。それはコロナ禍で重苦しい空気に覆われていたゴルフ界に、唯一の明るい話題として受け入れられた。

廃業危機を見事に乗り越え、再建へとつなげた新都民。その生まれ変わった姿は、8月には見られるはずだ。


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小川朗

小川朗

1960年山梨県甲府市生まれ。甲府一高→日大芸術卒。82年東スポ入社。「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女のメジャー大会など通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後今年9月に退社。

フリージャーナリストとして本誌を始め、週刊誌、ニュースサイトなど各方面に執筆中。㈱清流舎代表取締役COO。東京運動記者クラブ会友。日本ゴルフジャーナリスト協会会長。

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