ボールの下を薄くさらっていく打法
塩田正
昭和7年、千葉県生まれ。昭和31年東京教育大学(現筑波大学)体育学部卒業。体育心理学専攻。同年(株)ベースボールマガジン社入社。ゴルフマガジン誌編集長を経て独立。会社役員、短大講師を兼ねながらゴルフライターとし...
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ある日、塩ジイは食事を終えて、クラブハウス内の洗面台の前に立っていた。そこへ顔見知りの歯科医の先生がやってきて、歯を磨き始めた。いつものように、ゴルフ場でも、食事の後は歯を磨く習慣になっているらしかった。
手を洗いながら、先生の歯を磨く音を聞いて、塩ジイとは違うなと感じた。こちらはどちらかというとゴシゴシという音がしているのに、先生のはシュッシュッといかにも軽やかな響きの良い音に聞こえた。
どうしたらあんな音が出るのか、帰宅してから早速実験してみた。いろいろやっているうちに、ペンを持つようにブラシを軽く握って、小刻みにそれを動かすのがコツだと気がついた。塩ジイみたいに、西洋料理でナイフを使うときのような握り方をしていると、どうしてもゴシゴシという音になってしまう。
その時から先生のような磨き方を心掛けようと思って始めたのだが、待てよ、このシュッという感じと、ゴシゴシという感覚の違いについては、ゴルフでもどこかの練習場で、プロからレッスンを受けたような気がした。
それはハワイでのゴルフ研修会のとき、アメリカのレッスンプロから、ショートアプローチの打ち方を習ったときだった。
若い頃だったので、レッスンプロの名前は忘れたが、1週間にわたる講習の中で、彼はグリップの強さについて、いつも目を光らせていた。とくにグリーン周りのアプローチでは、プロは幾度となく「もっと力を抜いて」と塩ジイのグリップを指差しながら注意を喚起した。
グリップに力が入っていると、ドスンと上からボールに叩きつけるような打ち方になり、ダフったりボールの頭を叩いたりするミスショットの確率が高くなるというのが理由だった。
それに対して、吸い付くような柔らかいグリップをしていると、クラブの振りもゆったりして、インパクトでも、ボールの前後5センチくらいの幅で、低く一定の速さでボールの下を滑って行く。これが距離と方向を正確にするということも彼は付け加えた。
その通りやってみると、柔らかい球筋で面白いほどピンに寄っていく。プロは「そうだろう」というように、塩ジイに片目をつむってニコッと笑った。
だが塩ジイは若かった。当時アメリカツアーで流行っていた低くて、よくスピンが効いたアプローチショットのほうに夢中になっていた。つまり粋がって、ボールの背中から、地面に急角度に打ちおろすチェックショットという打ち方に憧れていたのである。
そしてそれから以後も、ハワイで教わった、あの柔らかい握りのショットには見向きもせず、ショートアプローチといえば、ダウンブローで、スピンの効いたピッチショットが、塩ジイの主流になってきたのである。
1日千発の猛練習
80歳を迎える前、これからの年代は、ドライバーからアイアンまで飛距離が落ちていくから、ショートアプローチの優劣がスコアメイクの鍵を握ると思って、練習は短いアプローチが中心となった。もちろん打ち方はボールの先の芝を削りとるダウンブロー型だ。近くの練習場で1日3時間かけて、10ヤードくらいの距離を千発撃った。これを1週間続けた。 これは関西の杉原輝雄プロを取材したとき、ショートアプローチの練習で、グリーンにボールの山を築いているのを見たことによる。彼に「何発くらい打つとあのような山になるの」と聞いてみた。「千発だよ」とシャイな彼は小さな声で言った。80歳を迎えた塩ジイの千発練習も、杉原プロのボールの山が伏線にあった。 その後もアプローチの山積み練習を続けた。努力したせいか、深いラフ、ベアグラウンドなど特殊なライを除けば、グリーン周りからはほとんど1メートル以内には寄るようになった。 距離が落ちて、当分はそれなりのスコアをキープできそうだと、ホッとした気持ちになっていた。マッチ擦り打法
ところが悲劇が起こった。 この短いショットに、突然のイップスが襲ったのである。練習や素振りではクラブヘッドがスムーズに振り下ろされるが、実戦になると、ボールが視界から消え、めちゃくちゃ早いクラブヘッド、手首を使ってすくい上げる打ち方になってしまう。結果はダフり、トップ、2度打ちだ。たまに上手く当たっても、当たりが強く、カップをはるかにオーバーしてしまう。 そのイップスはまだ治りきっていない。だが、少しずつまともな当たりが出るようになった。それというのも、昨年の暮あたりから採り入れたボールの前後10センチ幅を、浅い軌道で、インからインへ抜く練習が身につき始めたからではないかと思っている。 このボールを払うような打ち方にたどり着いたのは、アメリカのゴルフ雑誌で読んだアーニー・エルス(南ア)の「ショートアプローチのインパクトは、あたかも地面というマッチに、ウエッジというマッチの棒で火をつけるようなものだ」という解説だった。 マッチの棒に火をつけるときは、ドンと打ちつけるのではなく、まさしくシュッという音とともに薄く擦すらなければならない。 遠い昔、ハワイでプロから教わった打ち方が、いまアーニー・エルスの技術解説で蘇ったのである。 そして、このアーニー・エルスのマッチ擦り打法は、短いアプローチだけではなく、他のアイアンにも応用できるはず。老齢にふさわしく、豪打からソフト打法へ、そのきっかけをつかんだような気がしている。昨日多く読まれた記事TOP25
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